かつては、大手の着物教室や呉服屋、写真館や結婚式場などで着物に携わる仕事をしていた私ですが、
結婚を機に、何年か着物から離れておりました。
子育てに追われる中、私の母が認知症を患います。
生まれたての3番目の子供を前にして、
「母にもっと頼りたかった」「もっと沢山聞きたいことがあった」など、
とても悲しい気持ちになったことを覚えています。
そんな時、「着物を着せて欲しい」という人が現れました。
その方のお母様の着物を触れながら色々と相談にのるうちに、多くのお母様の思いが、
着物の中に生きていることに気がついたのです。
娘ですから、「もうお母さんと趣味が違うのよ!」「私は着物なんか着ないわ!!」
などと、時にに反発をしながら生きてきても、人生の折々に、ふと着物に触れたくなる瞬間が訪れるようです。
着付けをしていると、多くの方が、お母様についてお話になられます。
例え故人であっても、心は生きているのです。
その愛に包まれて、嬉しそうにお母様の記憶を語られるとき、その方の着物姿は輝きだし、感動的な美しさを宿すのだと思います。
「母の気持ちは、たとえ上手く言葉に表せなくなっても、こうして生きているのでしょう」
とても嬉しい気持ちになったことが、私が着物に再度携わるようになったきっかけです。
着物は、多くのひとが携わって、初めて形になります。
蚕から糸を取り、布を織り、染める、縫う、お手元に届くまで長い長い時間と人の手がかかっています。
着付け師は、その多くの人の着物に込められた思いを形にする、総仕上げとも言える重要な役割を担っています。
着物の模様は、日本の美しい四季が映し出されています。
来るべき季節を心待ちにし、去り行く季節を惜しむ・・・
人の一生もまた季節に例えられるように大切に日々を生きてきた日本人の生き様が映し出されているように思います。