2018年6月26日与えてもなお。
先を見る力というのが、呉服を選ぶ際には必要になりますが、これを誂えたら、いついつ着る機会が出来るかなとか、これとこれは、数年後こんなときに生かせるといいなとか。高いものですから、絶対に後悔してほしくないと思っていまして。
ここにある気がする。これがきっといいと思う。でも、違うのがいいというだろうか?果たしてそもそも、私が一緒にお探しするので、いいだろうか?
そんな、葛藤がいつもあります。これは、指導においても、着せる時にも同じです。
一つの店では、狭すぎてしまう。結果、「雇われて仕事をする」という選択肢が、徐々になくなっていきました。それに、そろそろ、雇われにくいお年頃だしね。自虐じゃなくて、事実だし。(笑)
もちろん、この商売、人の縁ほど大切なものはなく、ご縁を自分から切るようなことはせず、求めに応じて仕事をしていきたいと思います。
「自分の力は、求められているか?」
この問いは、崖っぷちに立たされるような恐怖心があります。
それでも、一つずつ丁寧に答えていくことだけが、次へと進む扉を開ける方法なのだと思います。
友人は、オファーに、100%のプランを出し、お客様に選んでいただく。といいました。
限界値で勝負をするのは、勇気がいることです。打算もなく、収支も考えず、ひたすら何がベストなのか、考えて提供することをしているうちに、私の利益を、向こうが考えて下さることが増えてきた。利益というのは、金銭的なことのみでなく、技術であったり、人脈であったり、様々な形で現れたのです。自分の利益を優先する人は離れていき、求めに真摯に応えていけば、その先に利益がついてくるという考えの人が集まってきたのです。
今度は、その人たちに、十分な利益を与えられるか、大体において、そういうものは、果たして可能か?!という気持ちになります。すると、益々何をして差し上げられるかと、考えるんですね。ところが、追い付かない。
私は、お客様にも、仲間にも、師と仰ぐ方にも、家族にも与えることの豊かさを教えられている気がします。