十八年長月号

 

「仲秋の名月」

 

旧暦8月15日、十五夜の月を「仲秋の名月」と呼ぶ。旧暦では7月を初秋、8月を仲秋、9月を晩秋と称されるために、仲秋とは秋の真ん中の満月の事である。新暦では年によって異なるが、今年は24日である。仲秋の名月の時はススキや団子を供え、月を見るのが現在までの風習である。芋も供えるので「芋名月」とも呼ばれている。月見の風習は平安時代に中国から伝わってきたと言われている。当時はただ月を愛でる行時であり宮廷でもただ宮廷でもただ月を見上げる、月見の宴が行われていた。

月見が庶民のものになったのは江戸時代。団子などの供え物をする文化も、江戸時代に始まった。月見は江戸っ子たちにとっては楽しいイベントだった。

当時の書物によると「机の中央に団子を盛った三宝を置き、花瓶にススキを挿して供える」とある。団子は米の粉で作り、中には何も入れない。数は15個である。

その他には柿、栗、枝豆、里芋など、秋の味覚を供物にした。

秋の収穫を祝う祭りとしての性格が強かったと考えられる。江戸で月見の名所として知られるのは、大川、立川(たてかわ)小名木川、須崎、品川、不忍池など。

ほとんどが水辺近くが特徴だ。江戸っ子たちは、船を仕立てて、水の上から、月見をした。水に映る月月を眺めるのも風流だったのだろう。

十五夜以外にも昔の人は、月にちなんだ酒宴を何かと行っていた。

月の満ち欠けを基準にした旧暦ならではの風習だ。十五夜の月見に対して、旧暦の9月の13日の夜を「十三夜」と呼ぶ。この日の月は「後の月」と呼ばれ、十五夜に次いで、「美しい月」とされている。十五夜はあまり晴れず見えないこともあったが、十三夜は晴れる事が多く「十三夜に曇りなし」という言葉もある。

江戸っ子たちは、十五夜に月見をすれば、同じ場所で十三夜も月見をすると決めていた。十五夜だけを見るのは「片見月」として厭まれたのだ。「栗名月」「豆名月」の別名があるが、栗や豆を供えたからである。団子は十三個である。