長いこと仕事をしてきていますが、呉服やさんにいたり、着付け学院にいたり、写真館にいたりしたのですが、今は完全にフリーで仕事をしています。呼ばれればあるけど、お呼びがかからなければないよ。という。(“⌒∇⌒”)((⛄))

このフリーってのは、不安要素がありますが、ちゃんと、自分で仕事をしていこうと決めてから、依頼が途切れることもなく。幅広くさせていただいていること、有りがたいと思っています。

ただ、こうやって仕事をしていると、神経を張り巡らせているため、繁忙期を過ぎたあたりから。がくりと、疲れが出たりします。

そんなとき、原点にたち戻り、余計なことで大変なことになっていないか、果たしてやるべきか否か考える必要があるように思います。

鎌倉着物倶楽部という小さなサークルこそが、私の原点であり、城であると言ってくださったかたがいます。確かに前身は、こちらにくるまえ、10年以上遡り、身近な人に頼まれた着付け教室でありました。今はサークルとしているのは、着付けに果たして正解はあるのか?という、根本的な疑問が、教室という体をとらせていません。[私が正解である]という態度を、やればやるほど、取れなくなってきているのです。自分の正解を押し付けるようなことを、避けてきたのです。

無論着物を、着る際には、来ていく場所や、目的に応じたマナーが存在します。それは、お茶席や、式典、ゲストをお迎えするか、ゲストなのかによって、選び方が異なります。なかなかそれが大変なことなので、鎌倉着物倶楽部のお出かけは、特に何の制約を設けず。好きなものを着てください。なんか、不安なら聞いてね。とだけ、お伝えしています。

古い着物でも、その人にとって宝物の場合がある。価値を他人は図ることはできない。昔着付け学院に居たときに、生徒さんの着物を、[古い着物]と、バカにしていた先生がいて、許しがたく感じたことを覚えています。着物は金持ちの道楽ではなく、皆がきていたのだ。晴れ着は振り袖ではない場合もあっただろう。若いときの綺麗な着物ものを、縫い直して、晴れ着に仕立てた場合もあったろう。そう思い。私は娘の七五三の着物を、大人の小紋から作り替えました。その着物はいろんな方に愛され、着ていただいています。

小さな城ではありますが、支えであり、守らなければなりません。今一度、私の方針をお伝えし、理解を求める局面に来ていると、考えています。