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先日一緒に仕事をさせていただいた、ヘアメイクの林田亜美さんのご紹介で、日本橋の美術巧芸さんにうかがいました。お仕事中にもかかわらず、快く取材に応じていただいた職人の皆様に、心から感謝しております。

美術巧芸さんは、家紋入れを専門に仕事をされています。日本の家紋の数は、数十万種といわれる種類があるそうで。小さな円形に収まるようにデザインされた家紋の多様性には驚かされるばかりです。元々は、石持(こくもち)と言われる白く染め抜かれた部分に家紋を、墨で一つずついれていたそうですが、時間もかかり、沢山の受注に答えるために、30年前から、シルクスクリーンと言われる型紙を使う技法に切り替えたそうです。職人の早業で美しくさっと染める様子を見せていただきました。手描きに比べると、時間は格段に早く、そして滲みも少ないそうです。型をつかうということは、簡単に思われるかもしれませんが、その型を作るには、専用の細いコンパスのようなものを使い、一つずつ、正確な形を作らなければなりません。また、染め抜きの石持ちの大きさは、同じように見えても、微妙に大きさが違うため、同じ型は数種類の大きさがあります。それを一つずつ計り、染めていくのです。型紙は壁一面の棚にズラリと並んでいて。その数には圧倒されるばかり。これでも、随分減ってしまったんだよ。とのことでしたが。いやはや、それにしてもすごい数でした。

関東の方では、◯の部分を残した、家紋が多いそうですが、関西の女紋は、◯の部分を残さない場合が多いそうで。すると、周りの部分を、墨で消していく細かい作業をする必要があります。色止めをしても、水に濡れれば、滲んでしまうことがあるため、その場合の修復も一つずつ手作業。

そして、色留め袖に家紋をいれる場合は、色を作る必要があり、染料がズラリ並び、パレットになる小皿が山積みに。

色無地など、既に染まっている着物に紋をいれる場合は、専用のなかなか臭いのツーンとする抜染材を使って今度は白く染め抜く。どうしても抜けない場合は、白い染料で染めるそうです。

次は縫い紋。お恥ずかしながら、縫い紋というと、金糸銀糸だと思い込んでいましたが、目の前にあるのは、様々な色の糸。少し砕けた縫い紋こそ、色に凝ってもいいのかもしれません。これも、大変細かい作業のため、縫い紋をする職人さんは減っているそうです。

「家紋を、入れる仕事は少なくなっていてね、型紙も随分処分したんだよ。昔は、同じ紋を入れる着物の山があったんだけどね、いい時代だったよね。」と言うことばを聞きますと、なんだか切なくなりまして。「役者のかたや、踊りをされるかたの中には、新しい紋を考える人がいるでしょ。そうすると、こうやって製図をするところから始める。それができるところは、少ないからうちには、そういう注文が集まるんだよ。」

「今の時代、自分の家の紋自体を知らない場合もきっと多いですよね。やはり、お墓に刻まれた紋が正確なわけですか?」と聞きましたところ、「これがね、お墓の紋というのが、石に刻まれたものだから、白い部分と染められた部分が反転してるんだよ。つまり、陰紋になる。陰紋は、正式な染め抜き五つ紋としては、使わないでしょう。だけど、呉服屋ですら、お客様の注文だからと、受けてしまう場合があって。」「呉服屋さんが、それは、陰紋だと言わない、もしくは日向紋、陰紋という認識がない場合があるということなんですね。そういう私も、若い頃呉服屋にいた時に、分厚い家紋帳に、本当に驚かされましたが、わからないときには、お墓の写真を持ってきてくださいとか、言ってました。流石に陰紋は、入れませんでしたが。考えてみたら恐ろしいことを言っていたわけですね。」

「今はネットから、皆さん持ってくるけど、本当にデタラメが多くて困るんだよ。全然違うの。紋帳だって同じ名称がついていても、違う場合がある。」と見せていただいた、二冊の紋帳に、同じ名称がついているのに、僅かな違いが。「権威あるところから出版されていても、こういうことがあるから、どこから出ているか、だけではなく、紋帳の番号も大事なんだよ。」とのことで、思わず、「解らないときはご相談させて頂いても構わないですか?」と、伺ったところ。聞いてもらうのがいいと思います。とのことで、これで私の知る人は家紋難民にならなくてすむ!とほっとしました。

家紋と言えば、何となくですが、母が結婚後も着物を誂えるときに、実家の紋使っていたなと。嫁ぎ先の家紋は、着物に使うのにはちょっと強い紋だからーといっていた記憶があります。結婚時に、主人の実家の家紋について九曜紋だと教わり、2年前に福島の相馬に、親戚を訪ねた際に、野馬追い祭りを見て、家紋の中にルーツを見つけました。初めて訪ねた場所でありましたが、そこにある魂のようなものが、違う場所に移った家族に生きていると感じた瞬間でした。

さて、子供達にも、そろそろ母が入れてくれた家紋の着物を着せて紋の話をするときが来た気がします。

家紋を入れる仕事は、いわば着物に命を吹き込む仕事。一番無防備になる人の背中を先祖の方々が守ってくださる。新しい着物の所有者を定める要の仕事。

今は家紋を入れる人は少ないのかもしれません。けれど、こんな素晴らしい専門職人の、方々が、ずっと守り続けてくださっているから、家紋は生きている。ヨーロッパに見られるような華麗な紋章とは違い、単色の小さな円形に施された数十万種に及ぶ意匠の数は日本人が誇るべき豊かな世界。是非いろいろなひとにそれを感じていただきたい。私も学びながら、伝えていきたい。そう思います。

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