何年かまえ、まだホームページもなかった頃。あるお客様から、小学校の卒業式に、黒紋付きの羽織を着たいとの相談を受けました。今は着ないものでしょうかというご質問をいただきました。手元には、わざわざ中古で購入したという一つ紋付きの黒羽織。その方の記憶のなかに、黒紋付きを着たお母様の姿があったのかもしれません。ある年代のかたには、お母様の制服のように、式典の際に着用されていた記憶があるようです。

黒紋付きは確かに便利と言える着物で、中に着ている着物を格上げする役目があります。ですから、無紋のいろ無地や、小紋の上にスッとはおれば、改まった席に着用することができたのです。そして脱ぐ必要はない。逆に、訪問着などの格のある着物の上に羽織ることはありません。男性の黒紋付きというと、5つ紋の正礼装ですが、女性の場合は、一つ紋。略礼装に、下の着物を格を上げるのです。そのようなことをお話しながら、ふと、こんなにお母様の着物の代名詞のような羽織、なぜこんなに愛用されたのだろうと考えました。もう少し着物が身近だった時代、結婚し、家族がいれば、着物の新調も、ままならず、少し派手になってしまったものを黒で落ち着かせたり、帯がゆがんでいても、羽織は目立たなくしてくれる。はたまた体型が変わっても、ふわっと優しくカバー。うん、きっとそんな役目もあったかな!(笑)

そう言えば、最近羽織を着ることが増えたかなあ。半幅をくるりと巻いて、チャッと羽織ればすぐ出掛けられるのですから。

自分の事情に照らし合わせると、さもありなんと。入卒式にズラリと並ぶ黒羽織を、カラスと揶揄した言葉を読んだことがありますが、今だって、にたようなスーツ姿が並ぶのです。きっとお母さんの制服のようなものだったのかもしれません。不安と期待が入り交じりながら、我が子を見守るお母さん。その背中をポンと押してくれる黒羽織。タンスの中にしのばされた、これもまた、親心なのでしょう。